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むさし野の謂れ

奈良にあって 何故むさし野と言うか。

特に東京から来られた御客様がお聞きになります。
いろんな説がありますが、平城京に都がある頃、現在の東京のむさし野から小野美作吾と言う方が、宮使いに奈良に来られました。小野美作吾は愛する美しい妻と祝言をあげたばかりで、離れて暮らすことが耐えられませんでした。妻を毎日想いだし悲しみに暮れているうちに、流行り病にかかり奈良の都で命を落としてしまったのです。
共の者に、私の亡骸は必ずこの地から、東京のむさし野へ返してくれるよう頼んだのですが、余りに遠いので、この若草山の麓に葬りました。
小野美作吾の霊は怒り、この付近を祟り幽霊となって彷徨いました。 それを恐れた住民達が、この地を“武蔵ヶ原“と改め、霊の怒りを鎮めたといわれております。
その時の当主が、その地の名前“武蔵ヶ原”から名をとって、むさし野と屋号をつけたと聞いております。

江戸時代に奈良町奉行日記にも、若草山から下りてきて、むさし野と言う茶屋で休んだと記されており、始まりは小さな御茶屋でありました。
小さな部屋に赤い橋が掛かり風情のある佇まいで、幕末の三舟と言われた、山岡鉄舟も贔屓にしており、酒代の代わりにとしたためた“武蔵野楼“とある横軸は、今もロビーにかかっております。

また谷崎潤一郎も著書の“吉野くず”に、むさし野で待ち合わせをしたと言うくだりがあります。
沢山の文人・墨客に御贔屓にされたむさし野は、
「五色ノ山と言われる 若草山の麓に 名を変えず たたずまいもそのままに」
奈良に残る最古の宿として、皆様をお迎えしております。